裏庭の野良猫母子 その7「建前なのか」

「猫愛護に関して、言っていることとやってることが別のひといるよね」とネット上のあるネットワークでつぶやかれた。ああ、わたしはそう思われていたのかとビックリ。ひとによって考え方が違うのは仕方がないか。しかし、「自分のできる範囲で助ける」という気持ちがなかったらボランティアは成り立たないし、続かない。

ボランティアの話ではないが、近い例を挙げよう。
友達の兄の家族は、長男自閉症、長女は健康だが次男は完全盲目だ。だが、次男を里子に出したことで25年以上も自分を責めているらしい。「長男と長女で手いっぱいでそれ以上何もできない状況だった」とわたしに話した友達も悲しそうな顔をした。彼の兄は今でもその次男と毎年手紙を交換している。それは実親というより「仲のいい友達」としてだが、交流は続いているそうだ。しかし、長年の間その家族を陰で責めるひとたちもいたという。

自分がやってきたことは、自分に「できたことだからやった」と思うべきなのではないか。「他人にできなかったこと」を自分には「できたかもしれない」からと責めるのは、他人の事情を理解できないからだ。そんなことさえおもんばかることができないなら、自分には「他人を助ける資格はない」と思うようにしたい。

野良猫母子を引き取ることができないが、できるだけのことはしたい。だから、慣れない捕獲も試みている。
餌をやった時点で母子に対する責任は生じているのだから、捕獲して猫シェルターに運び仔猫の里親を探すようにしたい。仔猫たちが乳を必要としなくなってからの母猫は、避妊後うちの庭に戻してもらってもいい。避妊手術代と解放までの宿泊費ぐらいは払う。寄付もしたい。
しかし、だからと言って、一目惚れしたラグドール猫を養子にすることは諦められない。そういうわたしの気持ちをわかってほしい、と思う。猫も人間も。できることの範囲内で、誠意を持って助けたいと思っていることに変わりはないのだから。

今朝は、罠に慣らせるために「扉が閉まらないようにしたケージ」の中に餌を置いておいたら、10分後にはなんと仔猫が3匹全員入っていた。なぜだ。もちろん茫然と立ち尽くすわたしを見たとたん、トコトコと全員出て行ったが。こういう時に限って、もちろん扉は開けっ放しだ。ハプニングばかりの猫母子捕獲作戦で、朝からどっと疲れが出た。

そしてその晩帰宅すると、仔猫たちがすでに池の前まで歩いてきている。もちろん、すぐ逃げたが。仔猫は1日10gずつ増えるということをネットで読んだが、成長のはやい仔猫の行動半径も広がり始めている。何としても、明日こそは。

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