猫に「猫の毛皮のおもちゃ」を与えているかもしれない恐怖

わたしは残酷な話が大の苦手で、どちらかと言うと耳を塞いで逃げたくなるどうしようもない弱虫だ。特に、動物のその手の話は実際に胸が痛くなり息が苦しくなる。妹も同様なので、これは動物大好き家族の遺伝かなとも思う。

中国からの輸入毛皮の話

だから、以前オーストラリアTV局 Channel Seven でニュース番組を見ていたときも息が詰まりそうになった。毛皮反対の活動家たちと中国からの輸入毛皮の話だった。英語版だが、こちらに動画クリップがある。

オーストラリアでは残酷な写真や動画をテレビで見せはしない。活動家たちの話とDNA検査の結果だけだ。それでも、息が詰まりそうになった。けれどそれはわたしの猫たちとの生活にもかかわることなので、きちんと向きあわなければならないと思った。だから、この記事はわたしのための戒めでもある。

YouTubeには当時のニュース解説がまだ残っている。(英語)

参考 Today Tonight report on fur 25/6/12 - YouTubeYouTube

わたしの住むパースのような温暖な西海岸地域では毛皮のコートなどを見ることはあまりないが、実際には毛皮はまだ至るところに使われている。毛皮をあしらったセーターやジャケット、帽子、アクセサリー、キーホルダーなどの小物、そして猫や犬用のおもちゃ。

現在では、限りなく毛皮に近い擬似加工品もあり、ラベルがついていない小さなものなどはそれが本物の毛皮なのかあるいは擬似加工品なのか見分けがつかないものが多い。ましてや、毛皮の種類と言ったら、それはラベルの表示を信用するしかない。番組では実際に毛皮をあしらったファッションの品々を売る店の店員にもインタビューをしていたが、彼女らもあまりよく知らなかった。

オーストラリアの屠殺に関する規定とその限界

倫理観の立場から、オーストラリアではたとえ動物を食料として屠殺する場合でも「苦痛を与えない屠殺」が重要視され、近年ではそれを無視した業者には厳しい処置がとられるようになっている。
だが、外国からの輸入品には効果がない。
現在、アジア(主に中国)から2百万匹以上の「犬や猫」が主に「装飾用毛皮」として売買、輸出されている。オーストラリアの毛皮輸入は80%が中国からだ。毛皮のイミテーション加工品を作るより、犬や猫の毛皮のほうがはるかに安いということも理由のひとつだ。もちろん輸入検疫で検査を受けているが、それでもその法の穴をくぐり抜けて今も犬や猫の毛皮は輸入されている。それも、ウサギ100%などのラベルをつけられていることもあると言う。
毛皮用の動物がどのように殺されているのかは、知識として分かっているつもりだがここでは触れない。

番組では、実際に適当に選んだ7つの毛皮製品にDNAテストを行った。結果は悲惨だ。7つのうち5つの製品から猫のDNAが検出されたからだ。全て中国製。そして何の毛皮が使われているかのラベル表示はない。写真の毛皮製品がDNAテストに使用されたものだが、このうちDNAを通ったのは左側の毛皮ベスト(ラベル表示:ウサギとアライグマの毛皮100%)とポニーの毛皮表示のあるセカンドバッグのみ。

輸入検疫を通過するために擬似毛皮との混紡毛皮製品もあり、わたしたちのようなシロウトには全く見分けがつかない。よく考えてみると、猫のおもちゃにも毛皮を使ったものが沢山ある。あれはもしかしたら猫の毛皮なのか。中国製またはほかのアジアの国々の製品であれば、確認することは不可能だ。

デンマークのミンク農場

つい最近でもこんなニュースがあった。
新型ウイルス変異種が出ていることにも、それに感染する動物がいるということにもビックリしたが、何よりもミンクなどという言葉を聞いたことが最近ほとんどなかったので、そのほうがわたしには驚きだった。

https://www.bbc.com/japanese/53441608

https://www.bbc.com/japanese/54820006

 

わたしは今までミンクなどの毛皮製造国はそのほとんどがアジアだと思っていたが、とんでもない。いまだにヨーロッパでも製造されていると知ってビックリしている。
後述するが、スイスなどではあれだけ寒いのにミンクのコートを着ているひとたちをほとんど見ないのに。

これだけのミンクが毛皮のためだけに育てられているのは、着る人がまだ沢山いるからだ。

毛皮を使った猫のおもちゃを買うということ

わたしは毛皮を買ったことはない…と思っていた。しかし、確かに小物に毛皮が使われているものがある。うちの猫タワーから下がっていたネズミも毛先の柔らかさから毛皮のような気がする。毛皮製品を持つのは、つまり「そのために殺された動物」をまとうということだ。

以前から毛皮に関心はなかったが、これからはもっと気をつけて「買わない努力」をしようと思う。猫に「猫の毛皮のおもちゃ」を与えているかもしれないなどと、2度と思いたくない。

活動家たちの掲げるサインには「毛皮は殺害」「毛皮は死」と書かれてあった。いまだにファッション業界では毛皮をゴージャスにまとったモデルたちを見る。しかし、毛皮不売不買を意思表示するデザイナーたちもかなりいるのだ。装飾のための毛皮使用はやめなければならない。

買うひとがいるから、売るひとがいる。

わたしの考え

以前のブログに書いたわたしの追加コメントです。

牛革や豚革は、食用として屠殺されたものの「副産物」だそうです。つまり肉食者としてのわたしたち人間が生きるために必要なものに最後までお世話になる、ということだとわたしは解釈しています。

クジラも元はそうでした。クジラの脂、骨、肉、全てが生活をささえていたんです。今ではクジラの脂を使う灯りは必要なくなり、骨を使った刃もなくなり、クジラを食べるという風習だけが残ったのだと思います。わたしは、大人になってクジラのことを知ってからは食べたことがありませんが、昔は安い肉として給食にもクジラがのぼりました。その懐かしさのために食べようとは思いませんが。

わたしはベジタリアンではありません。
「食べる」ということは人間としての根本的な欲望のひとつだと思っています。したがって、食用動物をペットとして家族として生きる犬猫と同様には考えられませんが、少なくともオーストラリアのように「食用動物に苦痛を与えない屠殺」を促進する運動には賛成します。

中国では昔から犬は食用でした。春節のメニューにも犬の肉が加えられることもあります。チャウチャウが絶滅の危機に瀕したのも食用だったからです。だから、犬猫を「家族」として考える習慣がないのかもしれません。都会を別にすれば、あの広大な中国の田舎ではまだ普通に行われていることです。犬猫にしろクジラにしろ、それを「習慣」だからと許容するか、また声をあげて反対するか。
それは、「個人」としての倫理観と「地域」としての「習慣」「風習」がどう折り合っていくかの問題だと思います。

難しい問題ですが、この番組はわたしに「毛皮を買わない努力」をすることと、「皮のために殺される動物」に反対の立場をとることを、改めて確認させてくれました。

 

わたしの第二の故郷のスイスではあまり毛皮のコートを見ません。動物愛護の倫理観が違うのかもしれ
ませんね。15年ほど前に帰ったときには、わたしの友達が毛皮
のコートを着ていたらペンキをかけられたと聞きました。
都会のチューリッヒでもあまり毛皮を見ないんですよね。

毛皮を着なくても十分暖かいんですが、ファッションとして着て
いるのでしょう。わたしは、動物の「皮」という感覚が嫌で、
買ったことはありません。獣の匂いがすることはそれが「生きて
いた動物から剥いだ皮だから」と考えるともうだめです。

牛革豚革は、「皮を剥ぐために殺した動物ではない」ということ
が違いだと思っています。副産物ですから。

でも、きちんと回りを見るとほんの少し毛皮を使っているものっ
て沢山あるんです。特にファッション小物や犬猫のおもちゃ。

自分が毛皮を着なくても、自分の猫たちに「猫の毛皮のおもちゃ」
を与えているかもしれないと考えると、ぞっとします。
ウサギだろうとアライグマだろうとキツネだろうと同じなんです
が、特に自分の「家族」と同じ動物がそういう末路を迎えると
考えるだけで、悲しくなります。

 

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